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我が家の エリ のこと

2008年12月14日。 この日は自分にとっていくつかある忘れ得ぬ日のひとつとなってしまいました。 第九コンサートにデビューし、素晴らしい経験をさせてもらったってのがまずひとつ。 しかし、反対に胸が潰れるかと思うほどの哀しみも同じ日に味わいました。

ウチの愛犬だった、エリが16年の一生を終えた日でもありました。
あれから2ヶ月が経過して、ようやくエリのことを文章にまとめようって気になりました。

あらかじめお断りしておきます。
今日の文章はこのブログ本来の趣旨とはかけ離れてますし、記事として長いです。 短くまとめる気も整理する気も皆無なので、読まれる方の皆様にとっては苦痛かも知れません。 どうぞ適当に流してくださいませ。 もうここで読むのをやめるという選択もあります。


12月14日、第九のコンサートを歌い終え、そして打ち上げの宴を終えて帰宅する途中、市内に住む妹からメールがあって、
ウチの愛犬があの世へ旅立った事を知りました。

名前はエリ。 当時まだ家にいた妹が考えついた名です。 ちょうど我が家へ来た頃、大人気だった貴乃花関(当時)との事もあり、女優の宮沢りえさんが大いに輝いていたので、読みを反対にして頂戴したのだそうで。 しかも正しくは「エリー」なんだそうですけど、誰も語尾を伸ばして呼んだことなんてないと思うんです。 よって「エリ」でいいかと思います。
このブログのプロフィール欄に貼ってあるのがエリの画です。 柴犬のメスで、標準的な柴より小柄な体格でした。 生まれた時から兄弟姉妹より一回り小さかったそうです。 そのため一時期「豆柴」という小さな柴が流行った頃には散歩中にも「豆柴ですか?」とよく訊ねられました。 柴をある程度知ってる者からすれば、明らかに豆柴と呼ばれる柴より大きいんですけどね。

性格はいかにも柴らしく、警戒心が強くて辛抱強く、メスなのに縄張り意識が強い面が前へ出ていました。 自ら心を開いて家の者以外の人や、他の犬と仲良くしようとかって気持ちは薄かったです。 
プライドはなかなか高くて、自分より序列が高いと認めたたった数人からの指示にしか従おうとしませんでした。 
あまりフレンドリーではなかったのは上記の通りでして、散歩中に他所の犬が挨拶してきても、迷惑だと言わんばかりに無視していました。 それでもしつこく挨拶を強要されると相手構わず歯を剥き出して不快感を露わにしてました。
この点についてはちょっと社会性の学びが足りなかったかも知れません。

年齢を重ねるにつれてウチの家族にもあまり触られたり、抱かれたりするのが好きではなくなったようです。 私にもあまりしつこいと、噛みこそしませんが、顎は閉じたままちょっとだけ口唇を上げ、牙をコツンと軽く当て、「やめて!」と意思を表すようになりました。
たまに歯の様子をチェックしようと思って、エリの口の中に指を突っ込んで歯茎を触りまくる事もありましたが、ある時はよほど不快だったのか、つい反射的に力を入れて私の指を噛んでしまった事もありました。 もちろん皮膚を破るほどの力では噛まないんですけど、そんな時の一瞬後のエリは素晴らしい顔つきでした。 慌てふためき、悪びれているのがよく分かるんです。 思わず噛んでしまった私の指をいつまでも舐めて「ごめんなさい」と言っているようでした。

飼い主にさえあまり触られたくなかったくらいですから、他人にももちろんそうです。 ですが、他所の人に撫でられる時にはじっと我慢してました。 相手が子供の時は突拍子もない事をされる危険を感じ、結構露骨に嫌がる事もありましたが、他所様に歯を当てるという行動はしたことありませんでした。


誕生日は1992年の10月末頃か11月初頭です。 正確な日付は憶えていません。 
当時勤務していた広島の会社の先輩のお隣のお宅で生まれました。
エリの父犬ちゃんはその先輩宅のワンちゃんでしたけどね。 ついでに言えば、エリの母犬ちゃんも先輩宅所縁のワンちゃんでした。
当時先輩のお宅は趣味の域は超えていないとおっしゃってましたが、ちょっとした柴犬のブリーダーをしてらっしゃって、何度かコンクールで優秀な成績を取った事もあるようでした。

当時、広島にいたときは賃貸のマンションに住んでいて、犬を飼うなんて不可能な環境だったのですが、いい柴が生まれたと聞いて、どうしても一頭欲しくなったんですよね。 頼んでみたら、その仔たちは血統書の登録はしないつもりだから一頭譲ってあげるって話になりました。
12月の終わりごろ、会社が正月休みに入ったと同時に貰い受けに先輩宅へ出かけました。
ご存知の方も多いでしょうが、犬は生まれてから2ヶ月程度は母犬や兄弟犬から引き離せません。 その2ヶ月間で犬としての社会性を学ぶんです。 この時にしっかり母犬や兄弟たちとコミニュケーションしないと、適応力の発達に支障を生じるケースが多いんだそうです。
で、生まれてから約2ヶ月が経過して譲ってもらったんですが、上記のように当時の住まいは犬を飼える環境ではなかったので、帰省の時に現在住んでいる実家へ連れて来たってワケです。

その時にはまだ命名されてなかったんですけど、エリが仔犬だった頃の記憶はその時に実家へ連れて帰るまでの数日間だけなんですよね、実は。
次にエリと会った時はもうすっかり成犬の体格になってましたからさ。

ですが、その初めてエリをこの腕に抱いてから数日間の彼女の記憶は今でも鮮明に焼きついています。
ある意味親バカと同じでしょうけど、この世にこれ以上に愛くるしい仔犬などいないと思っていました。
お天気は快晴でしたが、季節が季節なだけに、バスタオルにしっかり包んで、自転車の前カゴに載せ、近くを流れる瀬野川の河川敷へ散歩がてら遊びに行きました。
河川敷を散歩する誰も彼もが「かわいい、かわいい」と撫でてくれました。 自分でも本当にそう思っていたのでまったく謙遜しませんでした。
私が歩けば一生懸命ちょこちょこと走って追いかけてきました。 足元でじゃれるのでつい蹴飛ばしそうにも何度かなってヒヤヒヤしました。

昼間はいいんですけど、いきなり母犬から引き離され、夜になると何度も「さみしい!」と訴えました。
基本、ペットを飼うのはご法度なワケで、ご近所の事がありますから、その度に私は急いで布団から這い出し、エサを与え、抱き上げ、再び眠りにつかせました。
初めてエリのウンチを処理した時のこともしっかり憶えてます。 ウンチの構えもかわいかったし、ウンチそのものですらかわいらしいと思いましたもんね。 臭くもなんともなかったし。

実家へエリを連れて帰る事は全然難しくなかったです。 クルマですけど、移動中はずっと寝てくれてましたから。 それでも途中で三度目を覚ましました。 三度とも外でおしっこさせて、缶のエサと水を与えるとまたすっと簡単に寝てくれました。 彼女にとっては初めてのちょっとした長旅でしたが、クルマに酔うという事もなく、あっけないくらい簡単に実家へ連れ帰ることができました。

それからの数日間はやはり夜になると結構な大騒ぎをしていたそうです。 母親が恋しいのもあったでしょうし、再び新たな環境に連れてこられて不安もあった事でしょう。

そして何年か経ち、会社を退職して商売を始めるべく実家へ戻ってきて、やっと久しぶりに「犬を飼う生活」が始まるわけです。 
本当に小さな時に、たった数日間しか世話をしなかったわけですから、私の事など憶えているはずもなく、最初は近寄ってくるどころか吠えられました。

・・・なんていうようなエピソードをひとつひとつ書き出したら、本を一冊でも二冊でも書けるくらいのテキスト量にななっちゃいますね。 
とにかくそれからは毎日朝夕と一緒に散歩できました。 

結構厳しく管理してたつもりでしたけど、3回ばかり知らぬ間に妊娠してた事もありました。
人見知りでもあり、犬見知りでもあり、発情期でも他のオス犬を寄せ付けませんでしたからつい油断していたんですね。
ところが、近所に唯一と言っていいとても仲のいい彼氏がいたことに、しばらく私もまったく気付きませんでした。 そのコとの子供を二回産みました。 産まれた仔犬の顔を見たらすぐに分かりました。 油断はしていても、そんな隙などほとんどなかったはずだったんですけどね・・・
その彼氏くんも比較的和風な顔をしてましたが、ミックスだったので産まれた仔たちはやはり柴とはちょっと違う顔をしてました。
ですが、あとの一回はもっと不思議な事にほぼ完全な柴の顔の仔たちを産みました。 件の仲のいい近所の彼氏くんとの間の仔ではないのは明白でした。 なぜかと言いますと、その時に産んだ五頭の内、三頭が黒柴だったからです。
近所の子供たちからの情報によると、お隣の町からちょくちょく我が家の近辺にまで遠征してきていた体格のいい風来坊の柴犬(或いはとても柴の血の濃いミックスか)がいたそうでして、どうやらそのワンちゃんがその一回のときの父親だろうという事になってます。
なぜか小学生たちって、近くをうろうろしているワンちゃん事情に詳しかったりするんですよね。

エリの毛色は一般的に多い赤毛です。 裏白と言いまして、鼻の横やアゴから胸やお腹とか脚の内側と言った部分は白毛のツートーンです。 柴の毛色としては一番多い体色です。
エリの母犬ちゃんがそうでした。
ですが、父犬ちゃんは黒柴だったんです。 「黒柴」ってのはここでは詳しい説明は省きますが、ちょっと検索してもらえばすぐに画像も見つかるはずですからご興味のある方は調べてご覧になってください。
ざっと簡単に説明すると、普通の柴の赤毛の部分が黒色の体毛で覆われ、やはり裏白で、その境界付近の体毛は「タン」と呼ばれる褐色が入っているってパターンが多いですかね。 眉毛の部分が平安貴族(マロ)を髣髴させるようにタンに抜けているのも特徴的で、またチャームポイントです。

で、エリの父犬ちゃんは黒柴で、実は母犬ちゃんの父犬(エリからすると母方の祖父)も黒柴だったんですよね。 だからエリにも黒柴の血が濃く流れていて、普通にきちんと管理して柴犬と交配させると、大体半分くらいの確率で黒柴が生まれるんです。
相手が柴か、かなり柴の血が濃いワンちゃんじゃないと黒柴の特徴を持った仔は産まれてきませんから、その最後の妊娠の時の父親は、ご近所の仲のいい彼氏くんじゃなく、風来坊くんだった! と言うのが私ら家族の結論でした。

それにしても、きちんと柵で囲まれていたエリの生活範囲に、彼氏くんも風来坊くんもよく侵入できたよなあ、と感心します。 犬の繁殖が可能な時期なんて、ほんの僅かですよ。 時には私らのうっかりとかもあって、エリも単独で外出することもありましたけど、発情期には普段より一層厳重に箱入りさせていたんですよ。 それでも隙があったんでしょうね。 彼らの情熱に飼い主が敗れたってことでしょう。
風来坊くんはどうか知りませんけど、仲のいい彼氏くんだって放し飼いだったワケじゃありませんからね、「子孫を残す」というプログラムは強い力で発動するんですなあ。 彼氏くんも自分チの鎖から逃れて、さらに我が家のセキュリティを突破してきたわけですから、ある意味その情熱には頭が下がりました。

そんなこんなで、人間が意図した交配も含めて、全部で五回の妊娠、出産を経験したエリでした。
産んだ仔は25頭を上回ります。 が、その内の半分は出産直後に死んでしまうケースもありました。 私もあまり知識がなかったので、ろくにエリの出産を助けてやれなかったのは残念です。 その後はいくらか勉強したので、もっと以前から知識があれば、恐らく死んだ仔たちの内のせめて半分は命を助けてやれたのではないかと思います。 結局、その勉強は役に立ちませんでしたけどね。 その後はもう妊娠することはなかったから。
エリもね、普通に五つ子、六つ子を妊娠するんで、出産もすごい時間が掛かるんです。 三頭目を産んだ後くらいからはもう疲れてしまって、「もうどうでもいいや!」って態度になるんですよ。
ある意味ではエリにも同情するんですが、そういうのをね、助けてやれなかったなあ、と。

出産直後の修羅場をどうにかサバイバルすると、後はどの仔犬も元気に育ちました。 
ですが、エリも出産経験が増える度に、子育てをだんだん面倒くさがるようになりましてね。
仔犬を私が抱いたりして、ちょっと力加減を誤った時とかにはすかさず「きゅーん!」とかって悲鳴を上げるんですが、そんな時はすかさず「アタシの子を返してちょうだい!」と抗議するクセに、仔犬が「おっぱいちょうだい!」ってお腹に潜り込もうとすると大層嫌がるようになりました。
1ヵ月近く経過して歯が生えてくる頃には一層顕著になります。
まあ、確かに仔犬の生え始めたばかりの歯って小さいですけど、すごく鋭く尖ってますからね。 あの歯でむしゃぶりつかれたらそりゃ痛いとは思いますけどね。

最後の出産をしてからもう5年くらいは経ちましたかね。
さすがにエリも、彼氏くんも体力が衰えてきたのか、秘密のデートをする元気は消失したようでした。
でも、3年くらい前だったかな? しばらくエリの様子がおかしいな、って時期があってそろそろ寿命か? なんて思ってたとき、エリの寝所の傍でミイラ化したモグラみたいのを見つけた事があるんですよ。 あれってもしかしたら妊娠して仔を産んだのかも知れませんね。 一頭だけ。
もう年齢も年齢で、お腹も膨れなかったし、乳も張ってこなかったんで妊娠説は誰も考えなかったんですが、あれが出産だったら、人で言えばかなりの高齢出産だったって話になります。

エリは病気らしい病気には一切かかりませんでした。
そりゃ生き物ですから、人間と同様に体調の悪い日もあったんですが、基本的には死ぬ数日前まで普通に生活してました。
もちろん老化は確実に進行してるのは分かってましたよ。
その最後に妊娠して一頭だけ出産したかも知れない頃から視力が弱くなってきました。 目が少しずつ白濁していって、多分、晩年は明るい、暗いの区別くらいしかつかなかったんじゃないかと思います。 白内障です。 犬の白内障の治療もあるんで、手術してもらおうかって話もした事があったんですが、結局はさせませんでした。
次は2年前くらいから耳が少しずつ遠くなってきていたみたいです。 ちょっと離れたら名を呼んでも一度では聞こえないこともありました。 それでもつい先日までは聴力がゼロって事はなかったですね。

ニオイを嗅ぐ力は私から見た感じではそれほど衰えてきたようには感じませんでしたが、犬の基準からすると相当低下していたかも知れません。 今こうして考えてみると、晩年はたしかに若い時のように嗅覚を駆使しているような様子が少なかったようにも思います。

足腰や心肺機能が弱くなってきたなあ、と私が気付いたのはやはり二年くらい前でしょうか。
10歳くらいまでは普通に登り降りしていた高さ約1mの擁壁はいつしか登れなくなっていたんですが、一年半くらい前からは長い散歩を嫌がるようになりました。

このブログにも何度か書いたことがありますけど、昨年の今頃までは、自宅から400mばかり離れた小高い丘の上にある公園にオモリを詰めたリュックを背負ってストレングス・トレをしに行ってました。
あれは2006年の1月からまずは完全に自重のみで始めまして、諸事情で休んだ事もありましたけど、およそ二年の間、週に2回ずつリュックを背負って青空ジムを実行してました。
その公園はエリがまだ元気な時には毎夕の散歩コースでもありましたから、トレーニングの日には一緒に登って、私が体を動かしてる間は待ってもらってました。
ヤブ蚊が出てくるような頃にも虫除け器を首輪に吊って一緒に上がってましたけど、さすがに猛暑の頃は私が悲鳴を上げて、トレーニングはお休みしたんですが、それでも毎日のエリとの散歩コースである事には変わりありませんでした。
で、そんな感じで時にはしばらくトレーニングはお休みするような事もありましたけど、昨年の今頃までのおよそ二年間は週に一度ないし二度ペースで青空ジムをしたんですよ。

エリが公園まで散歩するのを嫌がるようになったのは、一年半くらい前、2007年の夏くらいからでしょうかね。
階段が急で長いんですが、走ってるわけでもないのに息を荒くするようになって、脚も上がりにくくなってきたんですよね。
それより少し以前からそんな感じは見せてたんですけど、それでも私が行こうとするとついて来てました。

07年の10月、11月には原則はもうその公園は散歩コースから外しました。 公園よりはるか手前の分岐で公園の方向へは足が向かなくなっていました。 お天気が良くて気持ちのいい日には、たまにはある程度歩かせなくてはと思い、ゆっくりと上がる日もありましたけど、その公園一周1.3kmのコースにはあまり気乗りしていないのはリードを通じて感じてました。

エリがお供をしてくれなくなると、晩秋の夕暮れ時の公園でトレーニングを続けるのも少々苦痛となってきました。 いつしかメニューも時間が掛かるようになっていて、始めるとすぐにどっぷりと暗くなります。 
この公園には先の大戦の慰霊碑があって、お線香の香りが漂っていたり、周囲の林で自殺者がたまにあったりして、その手の雰囲気がバッチリなんですよね。
オッサンがいい齢越して情けないんですが、きっとどなたでもあの公園で黄昏時以降を一人で過ごすのは結構つらいんじゃないかと思いますよ。 
そんな時刻に他には滅多に人も来ないし、たまに誰か来たと思えばヤンキーだったりするので、それはそれでアブナイし。 エリが傍にいてくれれば、あの独特な雰囲気の中でも我慢してトレーニングを続けられたと思うんですが、そんなワケで昨年の今頃からプールのジムへ通う事にしたんですよね。 当初はまあ、日が暮れるのが早い時期だけってつもりでしたが、調った環境でやりだすと、なかなか青空ジムには戻れないで今に至ってるわけですけど。 

で、公園へ行かなくなると、彼女の散歩コースはすごく短くなりました。 
朝夕の散歩そのものは楽しみだったようです。 決まった時刻になると催促されてましたから。 でも出発しても200mばかりの所にあるロータリーを回って、帰宅コースへUターンするようになってました。
我が家のすぐ裏にある中学校のグラウンドはかなり好きなコースだったようで、そっちへ降りると案外いつまでもアチコチを行ったり来たりしてましたね。 でも、普段は部活で生徒たちがいっぱいいますから、そう滅多にはグラウンドでは遊ばせられなかったんですけどね。
それに、こんな時代になっても不届き者が多くて、犬の糞を片付ける道具を持たずにグラウンドへ犬を連れてきて、他の犬もいるのにリードから放すアホも案外といるんですよね。 そんな人らと一緒にされたくないですから、エリもグラウンドを歩くのが好きでしたけど、その点にも注意が必要でした。

ですが、エリが元気な時の話に少し戻りますけども、排泄物も片付け、他には犬も人もまったくいない時には、公園やグラウンドでも私もエリのリードを外してやる事もありました。 そういうシチュエーションでは単独でどこかへ行くなんて事は絶対にありませんでしたしね。
そういうときにはよくかくれんぼをしましたね。 ボールを転がすと夢中になって追いかけるんで、その隙に木の陰や倉庫の裏へ隠れます。 ボールが停止すると途端に興味をなくし、私がいるはずの方向へ振り返るんですが、姿が見えない。
彼女には嗅覚や聴覚という強い武器がありますから、なんなく見つけられる事がしょっちゅうでしたが、私が素早く移動し、倉庫などの角を使って姿を隠し続ける事ができると、エリもだんだん必死になってきます。 唸り声まで上げて全力で走ることもありました。
ま、元気な時の柴犬に本気で追われれば、人間の足が敵うはずなどないわけです。 彼女が私の足元まで追いついたらゲームオーバーってルールでした。 この時に勝ち誇ったように輝く眼と緩やかに振られる尻尾が私はたまらなく好きでした。 

2~3年くらい前まではエリは山の中を歩くのも好きでしたね。 先祖は猟犬だった血が騒ぐんでしょうか、先の公園に裏から登る山径に入ると途端に体中に気合を漲らせてました。 
この近辺の山にはいつからか番いのキジが居つくようになってましたし、タヌキも結構たくさん棲んでいるので、ニオイを辿るゲームがずいぶん楽しいようでした。 他の犬や人とはまず会うような場所でもない(実際に一度も他の人、犬と会った事がありません)ので、時折リードを外してやる事もあったし、リードが手から外れるほどの勢いでダッシュし、何かを追っかけてヤブに消えて行った事もありました。 実際に獲物を捕らえられるような能力まではなかったようです。 その内の2~3度は全身泥で真っ黒になったり、どこかを挫いて足を引きずって、私がポツンと待っている地点へヨロヨロと戻ってくる事もありましたっけ。

そしてこれも老化現象の現れだったんでしょうか、いつだったか、そうやって私を振り切り、木々の向こうへ消えてしまったあと、10分ほど待っても私を置いていった場所へ戻ってこなかった日がありました。
そろそろ耳も聴こえにくくなっていたのか、口笛を吹いても名を呼んでも届いてないようでした。 運動能力的にはまだそれほど心配の要らない頃だったのですが、彼女を探しに私も林の中へ入りました。 
方向感覚の衰えも出てきたんでしょうか、どうやら迷子になってたようで、最初にダッシュして消えて行った所からずいぶん離れた地点で大声で名を呼んだとき、ようやく私のいる方向を特定できたようでした。 私の姿を発見した時のあの尻尾の振り具合からして、かなり不安な気持ちに陥ってたんじゃないかと思いました。 だいぶ白内障も進んでた頃だったってのも迷子になった原因のひとつだったかも知れません。
なんだか、それ以降は山道に入ってもあまりエキサイトしなくなったように思います。 

2007年の夏の終わりごろからしばらくの間、夕方の散歩の帰りに、件の仲のいい彼氏くん宅へ毎日のように寄りたがりました。 
既に触れたとおり、そろそろ足腰が弱り始めた頃です。
彼氏くんはエリと違って犬にも人にもフレンドリーなコで、毎日の訪問も快く迎えてくれてました。
人間なら「わーい!」という声が聞こえてきそうなほど睦まじくじゃれ合ってました。 
種明かしをすれば、多分、エリが発情期だったんだろうと思います。 もはや妊娠しても元気な仔を産めなかったでしょうし、エリ自身の健康も心配だったので、申し訳ないけれども制限つきのデートで勘弁してもらいました。

2008年の春から初夏になると、エリの体力、気力がずいぶん低下してきたように見えました。 
散歩は欠かさないけれど、Uターンする地点がだんだん我が家に近くなってきていました。
これから迎える暑い夏を果たして乗り越えられるのか? と危惧していましたが、こちらの地方は8月に入ってしばらくすると案外と最高気温が上がらなかったんですよね。 おかげで思っていたより涼しくて、例年のようにだらりと舌を出して呼吸を繰り返す姿も少なかったように思います。
暑い日と言えば、エリの好んだ寝床ですけど、倉庫の奥のスチール棚がよかったようです。 金属で体温をよく拡散してくれたんでしょう。 暑い日に姿が見えない時はそこを探せば必ずいました。
涼しい場所、風の通りのいい場所、冬になればストーブの前や自分の塒と、こうして振り返ればエリの居場所はいくつもあって、彼女がいなくなってから2ヵ月が経とうとする今でもそこを探せば気持ち良さそうに寝息を立てているような気がします。

気力の低下と言えば、
どの犬も大概はそうなんでしょうけど、とにかく近所の猫を目の敵にしていて、とにかく姿やニオイを捉えると、ニャンコバスターとしての使命に命を懸けて臨んでいました。 猫の方が明らかにエリより運動能力が高いので、山の中でのタヌキ相手のゲーム同様、恐らくは一度たりとも使命を果たしたことはなかったかと思うのですが、追える範囲では全力で追いました。
猫もタヌキもエリとしては同じゲームだったのかも知れませんけど、見ているこちらとしてはタヌキより猫相手の時の気合のノリは一段違っていたように思います。 ナワバリの侵犯という問題が関係するかそうでないかってとこでしょうか。
ところが、2008年の春ごろから散歩中にばったり猫と出くわしても、追おうとしなくなったんですよね。 もし戦闘となった時、勝てる気がしなくなったんだろうと思います。 そもそも追えないし。 それまでは猫やタヌキとのゲームは自分が狩る立場だったのに、もしかしたら狩られるかも知れない、って感じてるんだろうと伝わりました。 

そんな感じで運動能力は低下していったものの、盛夏はなんとか無事に過ごせそうでした。
ですが、老化の次の段階がやってきていたのでした。 人にとっての3ヶ月が犬にとっては1年に相当するという事を強く実感するようになりました。 
その頃から夕方の散歩を終えてから朝までおしっこを我慢できない事がしばしばあったんですね。。
これまでにそんな事は一度だってなかったので、家の中でのトイレの躾というのをさせた事がなかったのですが、案外これってかえってエリを苦しめていたかも知れません。
どっちみち家屋の中、或いは敷地のすぐ周辺では絶対におしっこなんてしなかったので、躾けるのも簡単ではなかったかも知れませんけども。
それでも家の中で我慢ができずにおしっこをしてしまう箇所も決まっていたので、そこにトイレを設置してやると、我慢できない日も割と上手にしてたんです。 
でも、またこの頃から加速度的に後ろ脚が衰えてきたんですよね。
おしっこの姿勢を取るのが相当に辛かったようで、屈むだけで自重を支えられず、よろけるようになってきました。 そうなるとトイレも役に立たなくなってきまして。
8月の終わりごろから、なんだかエリには気の毒な気もしましたけど、ペット用のオムツをしてもらうことにしました。 これまで身に着けたことのないモノをくっつけられ、もっと嫌がるかとも思ったんですが、意外と素直に受け入れました。
朝に散歩へ行くと夕方までは大丈夫なんで、明るい内はオシメはしませんでした。 それが10月の初めの頃まで続きました。 しかしやはり昼間も我慢できないようになってきたので、お昼前後に誰かが一度おしっこをさせに外へ連れ出ることにしました。 
一般に犬は成犬になったあとは、人間の年齢に換算すると一年で4歳分歳をとると言います。 犬種や体格によって結構差もあるようですが、大体そんな感じのようです。
エリは脚が弱くなり始めてからはそんな数値的な比較よりももっと老化の進行速度が加速したように思います。

初めの事件は11月の初め頃でした。 朝になって散歩へ連れ出そうといつものように支度していましたが、一向に姿を現しません。 普段なら散歩の気配を察すると、脚を引きずるようにしてでも塒から出てくるのに。
もしかして死んでしまったか? と一瞬思いましたけど、昨夕の様子を思い起こすに、それはすぐに打ち消しました。 突然死んでしまうようなほど生命力が弱っているようには思えませんでしたから。
ですが、呼んでもどこを探してもエリがいないんです。
エリが寝ていそうな物陰を隈なく捜しましたけどどこにも息遣いひとつ聞こえませんでした。

戸や格子戸もきちんと閉まっており、単独で外出した形跡もなく、不思議な現象でした。
それでも中には絶対にいない、と確信を持てるほど家の中は捜したので、外を捜す事にしました。
小一時間ばかり周辺を巡りましたけどやはり見つからず、それでも、と思って家からずっと坂を下った所にまで捜索範囲を広げました。
ちょうどこの頃から老化がかなり強烈に脳にまで達していて、やたらと狭い所、暗い所へ入りたがるようになっていたんです。 そのせいで入ってみたはいいが、後戻りもできない状況を自ら作り、悲鳴を上げて誰かの助けを呼ぶ・・・ そんな行動を何度か取るようになっていたんですね。
そんな頃でしたから、近隣にも多くあるU字溝の暗渠部にでも入り込んでいたら、見つけ出すのは容易ではないな、と思ってました。 
しかし、この時は坂を下りきった所にある月極の駐車場の中央でポツンとうずくまっている姿を発見できました。 ですが、もう疲れ果て、リードを着けて促しても腰を上げる事すらできなくなってました。
やはり溝にでも身体を突っ込んだんでしょうか、ずいぶん真っ黒に汚れていたんですが、そのまま抱き上げて連れて帰りました。
そのまま風呂へ入り、身体を洗うことにしました。 前回洗ってから結構経っていたので、そろそろだなとも思っていましたし。

シャンプーの話になりましたが、エリの風呂嫌いは相当なものでした。 テレビなど観ていると気持ち良さそうに身体を委ねている犬も多いようですが、エリはいつも必死の抵抗を試みました。
自分の洗い方も下手だったかもしれませんけど。  だから秋から春にかけては半年近くも洗わない時もあったんですけど、そこはエリのニオイにはもう慣れているんで、さほど臭くは思いませんでした。 ただ、ウチを訪れるお客さんは臭いと思っていたかも知れませんね。

その時も駐車場で抱き上げた時にはもう命の灯が消えかかっているような素振りだったのに、風呂の気配に気付くと途端に力を漲らせて風呂場から脱出しようとしました。
お、これだけの元気を振り絞れるのならまだ当分大丈夫だな、と思ったものです。

さて、この時はそうして無事に帰って来れたのですが、どうやって外へ出たのか、は謎のままでした。
実はおしっこを我慢できなくなった頃から、食欲が著しく低下してたんです。 当初は数日間の波があって、よく食べる時にはそれまでと変わらない感じでしたが、食べなくなると食器のフードがまるで減ってないという事が度々ありました。 やがて食べない日が増え、どんどん細くなっていきました。
相当痩せてきてたので、それまでは通れなかった格子戸を抜けたのではないかと判断しました。 ただ、実験してみると、痩せて頭蓋は無理すれば格子に突っ込む事ができるようになっていましたが、肋骨が引っ掛かって、胸郭部はどの隙間で試しても通らないんです。 それでもどうにかしてここを通り抜けたんだろうなあ、と一応結論はつけたんですが、自分でも甚だしく懐疑的だとも思っていました。
そして、そんな経験をしてもまだエリの脳の老化について、深刻に受け止めてませんでした。 一度そんな大変な目に遭ったら、頭のいい犬なのでそれくらいは学習するだろうと、まだ事態を甘く見ていました。

たしかに学習したようです。 数日間は暖かな陽だまりで大人しく余生を過ごす老犬、って風情でした。 でも、いったん学習はしたんでしょうけど、記憶に残らなければ本能か何かの命令に従って同じ事を繰り返すわけですよ。
11月半ばの土曜日。
いつものようにプールで泳いで帰宅し、一杯のビールをあおってからエリの夕方の散歩へ出かけようとしました。
いません。 家族の者たちにエリを知らないか? と尋ねると、3時前には囲いをしてある犬走りで日向ぼっこをしてたと言うのです。 そう言えばその後は姿を見てないかも、とも。
犬走りと家屋の間の戸は、エリがいつでも行き来できるように大概開けてあるんです。 だから外にいなければ中にいるだろう、とくらいにしか普段は考えないんですよね。
ですが、ついこの前に捜索したばかりですから、当然またふらっと出ちゃったのだ、と思い至るのが自然でしょう。
黄昏時で辺りは暗くなり始めてましたから慌てました。 しかも夜半過ぎからは雨の予報である事も知ってました。 先日の失踪の時に彼女を見つけた駐車場よりもっと下ってあちこち捜したり、目撃情報を集めようとしましたが、手がかりは全くありませんでした。 日の暮れるのが最も早い時期ですから、30分ほどですっかり暗くなってしまいました。 
暗くなってしまうとお手上げです。 狭いところ、暗いところへ頭を突っ込もうとする癖は日を追うごとにますます強くなっていて、ちょっとした物陰のひとつひとつを懐中電灯で照らしながら捜すなんてとても不可能です。 あの小柄な身体をすっぽり隠してしまうオブストラクションなんて、ここの町内に限っても無限にありますから。
名や口笛で呼べば、どれほど遠くにいても速攻で戻ってきていたのが遥か遠い昔のことのように思えました。
それでもその日はもう30分ばかり捜して、諦めました。

翌朝、朝から昼まで傘をさして捜索範囲もぐっと広げてあちこち捜し続けましたけど、見つからず。 一件だけ目撃情報を得ました。 土曜の午後3時半頃、それっぽい犬がよろよろと集会所の近くを東へ向けて歩いていたのを、やはり犬の散歩をしていた人が気になって見ていたそうです。 その情報を元にもう一捜ししましたけど、それ以上の事はもう掴めませんでした。

昔飼っていた犬も、死期が迫ってきた時、姿を隠そうとしたそうです。 その時は私は学生で外に出ていたので、話だけしか聞いてないですけど、やはりあちこち捜して諦めかけていた所、当時少し開いていた隙間から母屋の床下へ潜り込んでひっそりと佇んでいたのを見つけたんだそうです。
今はもうその隙間もしっかり塞いでしまっているので、エリが床下に入ることなんてもう無理ですから、一応覗いてはみましたけどいるはずがありません。
その後ポスターを作って集会所に貼らせてもらったりしましたけど、虚しく日曜の日中は過ぎていきました。

日曜の夜を迎えて、私はもう諦めの気持ちになっていました。 もう脚も弱って、目も耳も利かない状態でドブにでも嵌り込んでいたら、体温もあっという間に奪われて・・・
そんな悲観的なスパイラルにしばしば入ってました。

翌朝の月曜日、朝の早い時間に用事を済ませ、比較的近くに交番が二ヶ所あるんですが、日曜の目撃情報からすると東の方へ向かったようでしたから、東にある交番を訪ねました。 比較的近くとは言っても1km以上あるんですけど。
そこにもエリは預けられていませんでしたけど、本署へ聞いてあげるからと確認してくれました。

世の中まだ捨てたもんじゃありませんね。 「警察署でそれらしい特徴の犬を保護してるようです」 確認してくれた警察官の言葉を聞いて本当に嬉しかった。 お恥ずかしい話、つい泣いちゃいました。
でもまだエリだと確定したわけじゃないですから、あまり喜びすぎちゃいかんわ、と自戒しまして。
一旦我が家へ戻って父をクルマに乗せて一緒に警察署へ。
「この犬でしょうか?」と案内された先には紛れもなくウチのエリがいました。 
雨の夜を過ごしたはずなのに、体毛に濡れた跡もなく、汚れてもいませんでした。 私たちをシルエットや声、ニオイで確認すると、エリは緩やかに尻尾を振りました。

聞くと、土曜の夕刻、道路の真ん中で力尽きたようにへたり込んでいたエリを町内の人が見て保護してくれたんだそうです。 その時はクルマもエリを避けて通行してくれていたそうですが、じきに暗くなるので見かねて一旦自宅へ連れて帰ってくれたのだと。 
同じ町内なので実はその方、知り合いの若い男子だったんですが、エリが我が家の犬とは気づかなかったそうで、すぐに西の交番へ届けてくれたと、そういうことらしいです。
もちろんその日にお礼に伺いましたとも。 今のご時世、どこのかも分からない犬なんて、知らん顔するのが当たり前な気もするんですが、そうやって助けてくれた事に本当に感謝しました。 

そうやって幾度かの窮地も潜り抜け、この時も我が家への生還を果たしたエリでしたが、依然としてエリの脱出マジックの謎は解けないままでした。
心の奥ではその頃に至ってもまだ格子戸からの脱出説はないだろうと思ってましたが、考えれば考えるほどやはり他にはルートがなく、硬質の樹脂でできたネットを買ってきて格子戸に貼りました。 もう三度目はないに越したことないんですが、とりあえずそこは潰さなくてはってことです。
それからたぶん翌々日くらいの昼下がり、二度か三度ばかりエリの悲鳴が聞こえたので、慌てて外に出てみました。 エリが出入りできるように20cmばかり開けたガラス戸で隔てた向こうの犬走りで寝ているはずでしたが、姿が見えません。
その犬走りというのは落差3~4mある擁壁に乗ってるんです。 もちろんフェンスで囲ってあり、通常なら犬であっても人であっても、そのフェンスの向こうに落ちるなんて事は考えられることじゃないんです。 ましてやもう足腰も思うように動かせなくなっているエリが飛び越えられるはずもなく、仮にそれができたとしても、その高さから落ちたらただじゃ済まないわけです。
ですが、私がエリの姿を見つけたのは、まさにその擁壁の直下だったんです。 

フェンスの網の下部に小さな綻びができてました。 や、それには何ヶ月か前から気づいてました。 しかし、その大きさなんて格子戸の幅よりずっと小さく、エリがそこを抜けるだなんて一切想像できてませんでした。
ついこの前までその破れから出ようとする行動もとってなかったですし。 
そもそもその高さから落ちれば自分の身がどうなるかくらいの事は我が家へ来た時から理解してましたからね。
まあそりゃエリと言葉で意思を確認できてたワケじゃないですけど、普通に様子を観察してればソレくらいのことなら分かります。
そんなような事もあって、その小さなフェンスの綻びについては、考えられる可能性の範囲から完全に排除してしまってました。

でも、ヒントはその秋の間ずっとエリが見せてくれてたんです。
ちょっとした隙間を見つければ、とにかく頭を突っ込もうとする行動。 どうしようもないと悟れば後ろに下がりますが、下がれない事も多く、その度に救出してやらなくてはならなかった。

そのフェンスの綻びに、頭を突っ込んでみたんですよね。 フェンスの網って太い針金で編んであります。 錆びて一部針金が切れてるそこに無理矢理頭を突っ込んだら、首のところで引っ掛かって絶対に後ろへ下がれなくなると・・・
後ろに下がれないので、空中であるフェンスの向こうへ脱出を試みる。 落ちる恐怖より、フェンスの呪縛から逃れたい気持ちが強かったんでしょうね。 
じゃあ頭を突っ込まなきゃいいのにって思うんですけど、もう隙間があればどこでも頭を入れたいという頭の中の囁きに抗う術などなかったんでしょう。

その時も含めて、擁壁から落下した際にケガを負わなかったのはほとんどミラクルな気がします。
や、実はケガをしなかったと思い込んでるのは私だけで、もしかしたら落ちるたびに腰とかをどんどん痛めてたのかも知れませんね。 
老化で動かなくなってきたとばかり思っていましたけど、そうとも限らなかったのかも知れません。
早めに気づいてやっていれば、あと半年や一年、もしくはもっと長く生きられたかも・・・

12月に入ってすぐ、シーズン二度目の寒波が南下してきました。 このブログを読み返すと警察署から連れ帰って数日の頃に一度かなり寒くなったようですが、降雪はそれほどでもなかった記憶があります。 でもこの二度目の時はちょっと積もりました。 
ここの記事的には、木曜の練習日に泳法解析のデータを見ながら座学中心だった旨を書いてます。 雪の事には触れてませんけど、プール室の窓の外は結構降ってた記憶があります。

さて、こんな寒い朝だけど、果たしてエリは散歩へ行けるかな? と降りてみると、
なんだかその日はずいぶん元気がよかったんですよね。
その12月初頭の寒さで、周囲の景色も一気に秋から冬へ変わりました。 ついこの前まで雑草も緑色をしてた箇所も多かったのに、その前日くらいに気づいたときは散歩の通り道でもある空き地ももう枯れ草で覆われてました。 上を見上げると樹木たちも一斉に葉を散らしてる最中って感じで。
そしてその朝、枯れ草の空き地に雪が10cmかな? それくらいはあったと思いますけど、結構しっかり積雪してました。
雪の原っぱって犬をエキサイトさせる何かがやはりあるんでしょうかね? 
確かにエリも若い頃から雪がばーんと積もると、妙にテンションが高くなるんですよね。 「雪やこんこ・・・」の歌詞通り、喜び庭駆け回るって感じになるんですが、果たしてその朝も、昨日までのぐったり感をすっかり払拭して、何の痕跡もない雪の中を嬉々としてラッセルして行くんです。
「なんだ? 脚とかバンバン元気じゃん」 なんて思わず声を掛けちゃうほどでした。
その様子を見てたら、どうにかこの冬も越せそうだなって思ったんです。 それくらいのエネルギーは十分に感じました。

もっともっと積雪して、柴犬の体くらいすっぽりと雪の中に埋まるような日に、上の公園へ行くと、ホント楽しそうに駆け回ったんですよ。 いつまでも飽きずにあっちへうろうろ、こっちへうろうろするんで、こちらの足先も冷たくなりますしさ、あんまり長く付き合ってもいられないんで、適当に切り上げて帰宅するわけですが、とにかく雪は好きだったようです。 
寒さそのものは苦手だったんですけど・・・

ですが、あの雪の朝に見せた元気さが最後のピークだったみたいです。
それからの衰え具合はますます加速がついた感じでした。
急に前脚にも力が入らなくなって、床の上に立つことも難しくなってきました。
もっと摩擦のある場所、たとえばコンクリの土間とかそんな所だと、辛うじて立ってエサや水を口にできるんですが、それもやがて難しくなってきたんですよね。
立てないと自分では食べられないし飲めないから、私らが口元までスプーンで運んでやらないといけなくなりました。 そうしてやると、ハグハグ食べようとするんですけどね。 だけどすぐにそれも向かなくなって。  ちょっと特別な時にしか与えなかったけど、あれほど好きな缶詰系のフードだったのに。

その頃にはもう私も理解してました。 食べられなくなったら、飲めなくなったらそこはもう終焉間近なんだって。
自分の生命を存続させたい本能で食べるんだもの。 

ブドウ糖液でも無理矢理飲ませればよかったかなあ? などとふと考えたりもするんですが・・・

12月14日、その日は第九の本番の日の朝。
雨の日も風の日も、吹雪の日も欠かしたことのなかったエリの散歩でしたが、その数日間はもう歩くどころか立つことも難しくなってて、とても散歩に出かけられるような状態ではありませんでした。 
食欲はすっかり落ちていたエリでしたけど、それでもまだ大小の便通はあったんですよ。 とっても少なかったですけどね。 だからまだ少なくとも何日かは大丈夫だと考えていました。 年を越せるかな? どうかな? ってくらいに思っていました。
その日も寝転がせたままオシメを交換してやって、私はホールへ向かいました。

夕刻に母が帰宅した時には、クッションの上で身動きできなかったけど、まだしっかりと意識もあって、近くで呼べば反応したそうです。 
それから2時間か3時間後に様子を見に行ったときには、息絶えていたそうです。

その頃私は第九コンサートの打ち上げですよ。 なんと言うのか・・・
打ち上げに出ずに帰宅すれば、エリがあの世へ行っちゃうその瞬間に、体を撫でてやれてたかも知れませんよね。 見送ってやりたかったな。

帰宅途中に妹から連絡があって、帰るまでにはエリの死を知っていたんですが、やはり亡骸を目の前にすると色んなものが決壊しました。
ちょっと体を揺すったり人工呼吸もしてみました。 案外ね、ふっと目を覚ますんじゃないかと思いました。 だって普通に眠っているようにしか見えないんだもの。 体もまだほんのり温かくてね。

翌朝、最後にもう一度体を洗ってやりました。 抵抗を一切しないエリはとても洗いやすかった。
拭き上げてドライヤーで毛を乾かしたあと、裏庭に好きだったエサやオヤツと一緒に埋葬しました。 
首輪をどうしようかと迷いました。 死んでもなお首輪をするのはどうだろうか? と。  でもやはりあの世で野良犬だったと思われちゃいかんよな、と考えて、体を洗った時に一度外した首輪を付け直しました。 
二度目に行方不明になった直後から、首輪に小さなプレートをつけてました。 ウチの電話番号などを記して。  結局それは役に立たずに済んだんですが、それも外さずにそのまま。

この家に飼われてよかったと思ってくれてただろうか? 可愛がってもらっていると感じてくれてただろうか? 
16歳になるまで、長生きしてくれてありがとう。 
オレはエリがウチにいてくれてよかった。 色々楽しかったな。 
赤い首輪も、黒い首輪も、茶色の首輪も、どれもこれもよく似合ってたぞ。 別嬪さんだからなあ。
エリがウチに来る前にいたアポロとはあの世で仲良くしてくれるといいな。 


犬を飼うとは、まさにこういう事ですよね。
飼い主が事故とか病気で先に死んじゃうのは反則です。
悲しいけど、寂しいけど、犬は人の4倍どころではないくらい早い時の流れを過ごすので、こうしてお別れの日が必ず来ちゃいます。 
生まれてたった2ヶ月の小っちゃかったエリを、初めてこの腕に抱くより以前からそんな事は解っていましたけどね。
でも、悲しいのは悲しいです。
悲しいけど、きっとその数倍数十倍の喜びや楽しさを犬を飼う事で得られるわけで、そうしてみるとここ当面の間支払う悲しみも、実はお安いものと言っちゃっていいんだろうと思ってみたりします。

 
まだ家の中のあちこちにエリの気配が残ってるのを感じます。 そう思いたいだけなのかも知れませんけど。
・・・ですけどねえ、
幽霊としてでも、夢の中にでもどんどん出てくれていいんですけどねえ、エリなら。
なかなか化けては出てくれません。
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『ゴルゴ13』第130巻「黄金の犬」のラストシーンより。
「子供が産まれたら子犬を飼うがいい、子犬は子供より早く成長して、子供を守ってくれるだろう。
そして子供が成長すると良き友となる。
青年となり多感な年頃に犬は年老いて、死ぬだろう。
犬は青年に教えるのである、死の悲しみを」
(c)さいとう・たかを

アポロもいい犬だったね。
ウチの犬も12歳。他人事じゃないよ。
死んだら泣いちゃうな。
でも最後の幽霊のくだりはちょっと笑ったわ。
エリちゃん 亡くなってしまわれていたのですか。
ブログの写真を拝見しては defDさんも愛犬と暮らしておられるんだなあ、と思っていました。

私も子供の時から ほとんど絶え間なく犬を飼ってきました。雑種ばかりなんですけど。もちろん子供の時は親が世話をしていたので私は可愛がっているだけですみましたが・・  今はそうは行きません。
何度も亡くなったところを見てきたので そのたび「もう飼うのはやめよう。」と思いました。
数年「飼わない宣言」をしていたのに 家の者が無断で今いる犬を1年4ヶ月まえにもらってきてしまったので また飼うことになってしまいました。(家の者は私が犬好きだとわかってもらってきたのですが。)
defDさんのお話の中で 「2ヶ月は親の元で・・」というのを読んで ちょっと思い当たることがあります。  今いる犬(せんちゃんといいます)は生後3週間あまりで親元をはなれてしまったので かなり犬としての社会性が欠けてるのでは・・・とそんな気がいたします。
わが家の犬もまだまだ柵をくぐりぬけて脱走し田んぼなどで転げまわったり 行方不明だったりと元気盛んな時期なのですけど 犬の一生を何度も見届けている私は 今からせんちゃんがいなくなったときのことを想像して悲しくなったりもしています。(家族には まだまだ先のことなのにと笑われていますが)

亡くなって1年2年は 飼い主としてはまだ家にいるという感覚が抜け切れないと思います。
ふと寂しくなりますが ともに過ごした時間は私の人生の一部ですのでいつまでも大切に思っていたいです。

きっとエリちゃん いいお家に飼われて幸せだったと思いますよ。
夢で会えるといいですね。 
レス遅くなりました。
この記録を読んでいて、エリちゃんの気高い人柄がよく伝わってきました。

あざらしくんさんが引用されているような理由で、うちでも子供のために犬を飼いたいと思ってたのですが、家内が反対するので実現しませんでした。
娘もこの春から高校ですから、もう手遅れかも。
幸か不幸か、人が亡くなるところは3~4回経験しているので、死別の経験はそこそこありますが、
一人娘なので誰か自分が愛情を注いでやらないといけない存在というのがあるといいのになあ、と思います。

エリちゃんもdefDさまにかわいがられて、幸せな一生だったと思いますよ。
>かんこ様
ウチの犬をもらって来た時、オヤジが「もう飼い犬が死ぬのは辛いから飼いたくなかった」
という主旨の発言をしましたので「犬が先に死ぬとは限らんやろ」と言ってやりましたわw

>ただー様
そういった気持ちを持って育てておられれば、必ずしも犬を
飼わずとも願いは伝わるのではないかと。
ウチは子供がなかなか出来ませんで、先に犬がOrz
皆様、温かい言葉をありがとうございます。
この件に関してこれ以上はなかなか言葉を見つけられず困ってます。
申し訳ないっす。
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