わたコちょ! 秋の訪れ

わたコちょ!

伸び悩むdefD。果たしてもっと泳げるようになるのか?

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

秋の訪れ

もしかして今年の夏には終わりがないのでは、とも感じていましたが、先般の台風が大気を大きく混ぜてくれたのでしょうか、デジタル的とも劇的とも表現したくなるような、唐突な秋の訪れでした。
日中の気温はまだそこそこありますけれども、夜はすっかり涼しくなって、竹細工のシーツ(?)で素っ裸になった上、連日扇風機の直撃風を浴びていないととても眠れなかった日々がついこの前までの事だったのに少し戸惑いも覚えます。
まるで秋めく気配などなかったのに、しかしこうして唐突に強く秋を感じられるようになったのですが、やはりそれは分かりにくかったけれども自然界では着々と秋となる準備はなされていたのだろうか、などとも思います。 世の中の出来事すべてに始まりがあれば必ず終わりがあるものなのだな、とあらためて考えました。

9月7日、この秋の訪れと同時に、私の父が身罷りました。
父は実はもう30年も心臓を患っており、今の私と同い年の頃にはもう激しい運動などできなくなっておりましたし、それ以来何度となく入退院を繰り返していました。
自分は50歳までは生きられないかとも思う、とまだ私が高校生だった頃に語った事もありました。
それでも多くの方々の助けをいただき、あれから約30年、なんとか喜寿まで生き抜き、そして先日あの世へ旅立ちました。
父の体調は良かったんです。 亡くなるたった四日前の診察でも、比較的調子がいい方だと診断されてました。 確かに命のパワーはかなり低下している事は誰もが分かっていましたけど、ひょっとしたらまだ一年や二年は生きていられるのではないかと(とりあえず)楽観しておりました。
でも、今年の秋の訪れとなんだか似てるな、と思いましたが、「その日」ってヤツはある日確実にやって来るものなんですね。


通夜や葬儀、それをなんとか無事に済ませた後も弔問に訪れて下さる多くのお客様への応対や、あの世へ無事に導いてくださる地蔵尊へのお参り(この地方の風習だそうで)など、実にたくさん行なわなくてはならない事があり、これまで普段の習慣にしていたあらゆる事ができない日々でした。 なにぶん初めての事でして、一々先輩諸氏から教えて頂かなくてはならないことばかりで、正直申し上げて少々疲労が蓄積しつつあります。

そんなことでてんやわんやしている内に、9月もあっという間に半ばを過ぎ、もう彼岸の入りも間近です。

父の事をこのブログで詳細に語るのはよそうと思いますが、少しだけ。
私が(偏りはあるにせよ)スポーツ好きであるのは、明らかに父からの遺伝だろうと思います。 小柄な父でしたけれども、若かりし頃はバレーボールプレイヤーで、一時期は実業団チームにも所属していた事があったそうです。 特にサーブが得意で、彼が自慢するには激しく軌道変化をする高速サーブを武器に、国体だか何かの試合では、元全日本監督だった松平康隆氏がいるチームを相手に1セット21点をサーブだけで取り切った事がある・・・らしいです。 
さすがにその自慢話を聞かされた時は「まさか、それはちょっと吹き過ぎじゃねえ?」って思っていましたが、私が中学に入ってバレーを覚え始めた頃、町内バレー大会の練習の手伝いをしにのこのこついて行った折、一度だけ父のサーブを見せてもらいました(まだギリギリ元気でした)。
その一発は明らかにサーブミスに見え、ネットのど真ん中に吸い込まれてしまうと思われたボールは、一度ぶわっと上昇し、ワイヤーをギリギリ越えた直後から上下左右に無秩序に激しく揺れ、然る後、ストン!と落ちてコートに突き刺さりました。 父の言葉どおりの動きをしたボールを見て驚きました。
まだバレー歴のごく浅かった私でさえ、あんなの誰もレシーブなんてできるはずなどない、確かに「魔球」だと思いました。  言うだけの事はある、と本当に感心しました。 あれから33年経ち、たくさんのプレイヤーも見てきましたが、あの夜に見た父のサーブよりスゴイのを常に打てるプレイヤーにお目にかかった事はありません。 
もしかしたら、本当に現役だった頃は世界を見渡しても当代一のサーバーだったのかも知れません。
私はあのサーブの片鱗さえモノにできなかったんですけどね。 それらしきのは過去にマグレで三度ばかり打てたことがありましたが、常に打てる、と言うのは今さらながら信じられない思いです。

父が成長期だった頃、残念な事に栄養状態がかなり悪かったらしく、小柄な事以外にも多くのハンディキャップを抱えていました。 血管や心臓の脆さもその一つだったかと思います。 おそらく、成人してからまだまだ健康な内に体質を改善しようと思えばできたはずですけど、そういう事には無頓着だったらしく、結婚後、私の母が「そんな事ではいけない」と気づいた頃にはもう少々手遅れだったようです。 父の兄弟たちも揃って短命でした。

とは言え、本人や周囲が思っていた以上にずっと長く生きられたのも事実で、そういう意味ではたくさんオマケがついてきてラッキーだったのかも、などとも思っています。


父のサーブの話は、これまであまり人に話したこともなく、告別式での挨拶の時に先のエピソードを入れさせて貰おうかとも考えましたが、自分の目で見なければバレーを齧った事のある人なら尚更信じにくいような話を、告別式のご挨拶で述べるのもどうかと思ってやめました。 妙に冗長になりますし^^
でも、とりあえずこのブログに記しておけば、当面は文章として残りますし、それは今の機会しかないだろうと考え、書かせてもらいました。
水泳の話でもなんでもなく申し訳ないです。



私自身の運動、すなわち水泳やトレーニングはできれば来週くらいからまた再開したいと考えてます。 満中陰まではまだ何かと忙しいですけど、このブログもぼちぼち書き始められたらいいなと思います。
そんなような事で、まだ以前と同じようなペースで運動したり、ブログを記したりする事はできないと思いますけど、今後ともどうぞよろしくお願いします。

部屋を抜ける秋の風が心地よい土曜の朝です。   
スポンサーサイト
COMMENT
No title
はじめまして、ランキングから来ました。

いろいろ大変だったことと思います。
お疲れさまでした。

これからも頑張ってください!
またおじゃまします!
No title
そうだったのですか。
お父様には大変お気の毒なことでした。
サーブの件、defDさまにとっては永遠に超えられない存在だったのですかねえ。
小生も父親はそういう存在でした。
ブログやら何やらもぼちぼち復帰されるのをお待ち申し上げております。

# 無回転性のボールだったんでしょうね。
# ボールの張り合わせ方とか表面の状態とかも関係しそうなので、今のボールでは低い確率でしか再現不可能なんてこともあるのかも知れませんね。


No title
ようやく新エントリとなりましたな。まあこれからも色々と忙しいとは思いますが頑張って下さい。ウチもそう遠くない未来にやって来る事態ですのでその時には色々伺うかと思います。
No title
御不幸がおありだったのですね。
私の父もすごくマッチョな元気な人だったのですが 享年54で亡くなりました。8人兄姉の末っ子でしたが亡くなったのは父が1番目でした。寿命ってわからないものですね。  母はいま 76才で仕事も遊びも楽しんでいます。

defD さんのページで悲しい思いをしたのは今回で二度目・・
この前は愛犬エリちゃんでしたね。
でも天国に行ってしまわれた方の思い出っていいことだけが思い出されるなあと最近思うようになりました。
サーブは宝物ですね。

落ち着かれたらまた色んな記事をかいてくださいね。
お疲れが出ませんように。
No title
こんにちは。いろいろ大変でしたね。

お父様、安らかなご冥福をお祈りいたします。

どんなに予感があろうと、家族の別れ、寂しさや不安は時間が経たないと埋められないものですが、一日も早く元の生活に戻り、健やかに暮らすことが残った者の務め
、元気でお過ごしください。ブログの復活お待ちしてます。
No title
この度は、大変ご愁傷さまでした。小生は、バレーは素人ですが、高度にテクニカルなサーブを身に付ける努力を重ねられたお父様は、類まれなる探究心と拘りを持たれた方であったと拝察します。そのあたりが、DefDさんの水泳への拘り・水泳愛に受け継がれているのではないかと想像します。今は、肉体的にも精神的にもお疲れのことと思います。どうか無理をされず、少しずつプールやWEB上に復帰されることを期待しています。私ごとですが、小生も、2006年に最初の水泳の師であった父(競泳ではなく日本泳法なのですが)を71歳で亡くし、その後は、スポーツ好きであった父の遺志を継いで泳いでいる感覚もあります。
感謝いたします
皆様、温かい励ましのお言葉をありがとうございます。 何日かぶりにブログを覗き、こうしてコメントしてくださる皆様の優しさに触れ、本当にありがたく思います。

たった2週間ですけど、ほとんど運動らしい運動をしていないと、自身でもどんどんカロリーを堆積させている事を自覚でき、これまでなるほど習慣的にたくさん運動をしていたのだなとあらためて感じます。
お腹が支えていよいよ動けなくなってしまう前に再起動させねばとんでもない事になってしまいそうですので、ボチボチ体を動かしたいと思います。 レポートは来週くらいから再開いたしますので、続いてよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。 
No title
はじめまして。
たまこさんのブログからお邪魔しました。
私も実母は私が24歳、母は当時50歳の時ガンで亡くなりました。
結婚直前のこと。
結婚後も主人の義母、あとを追うように3年後義父が亡くなっています。

実母の時はとてもショックでずっと悲しい気持ちを引きずっていたのを覚えてます。

私は健康でいるために水泳を金槌で40歳から始め、やっと母の亡くなった歳をすぎ少しホットしてます。

初めてなのに長々失礼しました。
defDさんの健康で頑張って下さい。
そしてまたブログ拝見させて下さい。
No title
>>koroさん
お若くして亡くなったのですね。 それも大変だった事でしょう。
水泳を始めて、たしかに風邪をほとんどひかなくなりました。免疫力が上がってるのを自覚してます。 
どうぞまたコメントを寄せてやってください。
COMMENT FORM
NAME
TITLE
MAIL
URL
COMMENT
PASS 管理者にだけ表示
TRACKBACK
TB URL : http://defd.blog17.fc2.com/tb.php/1289-3eb954f2
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。