わたコちょ! 2010年09月17日
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わたコちょ!

伸び悩むdefD。果たしてもっと泳げるようになるのか?

  

秋の訪れ

もしかして今年の夏には終わりがないのでは、とも感じていましたが、先般の台風が大気を大きく混ぜてくれたのでしょうか、デジタル的とも劇的とも表現したくなるような、唐突な秋の訪れでした。
日中の気温はまだそこそこありますけれども、夜はすっかり涼しくなって、竹細工のシーツ(?)で素っ裸になった上、連日扇風機の直撃風を浴びていないととても眠れなかった日々がついこの前までの事だったのに少し戸惑いも覚えます。
まるで秋めく気配などなかったのに、しかしこうして唐突に強く秋を感じられるようになったのですが、やはりそれは分かりにくかったけれども自然界では着々と秋となる準備はなされていたのだろうか、などとも思います。 世の中の出来事すべてに始まりがあれば必ず終わりがあるものなのだな、とあらためて考えました。

9月7日、この秋の訪れと同時に、私の父が身罷りました。
父は実はもう30年も心臓を患っており、今の私と同い年の頃にはもう激しい運動などできなくなっておりましたし、それ以来何度となく入退院を繰り返していました。
自分は50歳までは生きられないかとも思う、とまだ私が高校生だった頃に語った事もありました。
それでも多くの方々の助けをいただき、あれから約30年、なんとか喜寿まで生き抜き、そして先日あの世へ旅立ちました。
父の体調は良かったんです。 亡くなるたった四日前の診察でも、比較的調子がいい方だと診断されてました。 確かに命のパワーはかなり低下している事は誰もが分かっていましたけど、ひょっとしたらまだ一年や二年は生きていられるのではないかと(とりあえず)楽観しておりました。
でも、今年の秋の訪れとなんだか似てるな、と思いましたが、「その日」ってヤツはある日確実にやって来るものなんですね。


通夜や葬儀、それをなんとか無事に済ませた後も弔問に訪れて下さる多くのお客様への応対や、あの世へ無事に導いてくださる地蔵尊へのお参り(この地方の風習だそうで)など、実にたくさん行なわなくてはならない事があり、これまで普段の習慣にしていたあらゆる事ができない日々でした。 なにぶん初めての事でして、一々先輩諸氏から教えて頂かなくてはならないことばかりで、正直申し上げて少々疲労が蓄積しつつあります。

そんなことでてんやわんやしている内に、9月もあっという間に半ばを過ぎ、もう彼岸の入りも間近です。

父の事をこのブログで詳細に語るのはよそうと思いますが、少しだけ。
私が(偏りはあるにせよ)スポーツ好きであるのは、明らかに父からの遺伝だろうと思います。 小柄な父でしたけれども、若かりし頃はバレーボールプレイヤーで、一時期は実業団チームにも所属していた事があったそうです。 特にサーブが得意で、彼が自慢するには激しく軌道変化をする高速サーブを武器に、国体だか何かの試合では、元全日本監督だった松平康隆氏がいるチームを相手に1セット21点をサーブだけで取り切った事がある・・・らしいです。 
さすがにその自慢話を聞かされた時は「まさか、それはちょっと吹き過ぎじゃねえ?」って思っていましたが、私が中学に入ってバレーを覚え始めた頃、町内バレー大会の練習の手伝いをしにのこのこついて行った折、一度だけ父のサーブを見せてもらいました(まだギリギリ元気でした)。
その一発は明らかにサーブミスに見え、ネットのど真ん中に吸い込まれてしまうと思われたボールは、一度ぶわっと上昇し、ワイヤーをギリギリ越えた直後から上下左右に無秩序に激しく揺れ、然る後、ストン!と落ちてコートに突き刺さりました。 父の言葉どおりの動きをしたボールを見て驚きました。
まだバレー歴のごく浅かった私でさえ、あんなの誰もレシーブなんてできるはずなどない、確かに「魔球」だと思いました。  言うだけの事はある、と本当に感心しました。 あれから33年経ち、たくさんのプレイヤーも見てきましたが、あの夜に見た父のサーブよりスゴイのを常に打てるプレイヤーにお目にかかった事はありません。 
もしかしたら、本当に現役だった頃は世界を見渡しても当代一のサーバーだったのかも知れません。
私はあのサーブの片鱗さえモノにできなかったんですけどね。 それらしきのは過去にマグレで三度ばかり打てたことがありましたが、常に打てる、と言うのは今さらながら信じられない思いです。

父が成長期だった頃、残念な事に栄養状態がかなり悪かったらしく、小柄な事以外にも多くのハンディキャップを抱えていました。 血管や心臓の脆さもその一つだったかと思います。 おそらく、成人してからまだまだ健康な内に体質を改善しようと思えばできたはずですけど、そういう事には無頓着だったらしく、結婚後、私の母が「そんな事ではいけない」と気づいた頃にはもう少々手遅れだったようです。 父の兄弟たちも揃って短命でした。

とは言え、本人や周囲が思っていた以上にずっと長く生きられたのも事実で、そういう意味ではたくさんオマケがついてきてラッキーだったのかも、などとも思っています。


父のサーブの話は、これまであまり人に話したこともなく、告別式での挨拶の時に先のエピソードを入れさせて貰おうかとも考えましたが、自分の目で見なければバレーを齧った事のある人なら尚更信じにくいような話を、告別式のご挨拶で述べるのもどうかと思ってやめました。 妙に冗長になりますし^^
でも、とりあえずこのブログに記しておけば、当面は文章として残りますし、それは今の機会しかないだろうと考え、書かせてもらいました。
水泳の話でもなんでもなく申し訳ないです。



私自身の運動、すなわち水泳やトレーニングはできれば来週くらいからまた再開したいと考えてます。 満中陰まではまだ何かと忙しいですけど、このブログもぼちぼち書き始められたらいいなと思います。
そんなような事で、まだ以前と同じようなペースで運動したり、ブログを記したりする事はできないと思いますけど、今後ともどうぞよろしくお願いします。

部屋を抜ける秋の風が心地よい土曜の朝です。   
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